心臓病患者シミュレータ『イチロー』を用いた身体診察法の実習--実習を受けた1年目研修医側からの報告--

小松弘幸、伊賀幹二、石丸裕康

天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

〒632-8552 天理市三島町200  

TEL 0743-63-5611 FAX 0743-62-5576

キーワード; シミュレータ、卒後臨床研修、身体所見、循環器疾患

抄録

心臓病患者シミュレータ『イチロー』を用いた実習は、身体診察法の自己学習に有用であるが、その習得には、それに加えて実際の患者を資源としたベッドサイド教育が不可欠であると考えられた。

 

はじめに

近年、高階らにより開発された新しいタイプの心臓病患者シミュレータ『イチロー』は、頸静脈波、頸動脈波および心尖拍動を人体と等身大のマネキンの上に再現でき、各疾心患の心音・心雑音を自分の聴診器で聴くことができる(1)。我々1年目研修医は、『イチロー』を用いた2日間の身体診察法の実習を受け、その有用性と限界につき研修医の立場から報告する。

対象と方法

1998年度に本院に採用され、初期研修開始後約5か月を経過した我々12名の1年目研修医全員を対象とし、以下の方法で実習が行われた。

1)実習開始前に、指導医から順序立てた身体診察法の講義を受けた(2)。2)12名は、3人1組の4グループに分かれ、各グループは過去に循環器疾患診察法の個別研修を受けた卒後3〜4年目の上級研修医の指導のもとに約2時間の実習を受けた(3)。上級研修医が各グループ内の目標設定を初期研修医と相談のうえ決定したが(表1)、正常心音および代表的心臓弁膜症である僧帽弁狭窄症と大動脈弁閉鎖不全症については全てのグループが実習した。実習では、初期研修医が疾患モデルから所見を取った後に、3名全員が順次所見を述べ、所見の分析および診断に至る過程を上級研修医と問題形式で討論した。3)実習終了直後に、各グループの上級研修医が選択した疾患モデルから所見を記載し、指導医より実習内容に関してのアンケート調査を受けた。4)実習終了後1か月以内に、指導医より各研修医につき実際の心疾患患者1例から身体所見をとる機会が与えられ、順序立てた診察および異常所見の検出についての評価を受けた。

結果

実習直後のテストにおいては、大動脈弁狭窄症例を選択された3名は、雑音の時相・程度・最強点・放散についての記載があり、正確な診断に至った。僧帽弁逸脱症例を選択された3名とも、クリック音を異常音として聴取できたが解釈はできなかった。僧帽弁狭窄兼閉鎖不全症例を選択された6名全員が汎収縮期雑音を聴取でき、4名が拡張期雑音を認識し、うち2名がそれをランブルと判定できた。順序立てた所見の記載は全員が可能となった。実習直後に実施されたアンケート結果では、全員が『イチロー』は身体診察法の自己学習に有用であり、時間があれば積極的に利用したいと高く評価した (表2)。

しかし、指導医が実際の患者で行った実習後テストにおいて、2名が順序立てて記載できたにすぎず、大動脈弁閉鎖不全症の所見をとった7名のうち5名が拡張期雑音を、僧帽弁狭窄症の2例では僧帽弁開放音、拡張期ランブルともに聴取できなかった。心房中隔欠損症の1例ではS2の固定性分裂を、大動脈弁狭窄症の1例では頸動脈拍動の異常を、チアノーゼ性心疾患の大動脈ー肺動脈シャントの1例では拡張期雑音を聴取できなかった。しかし、有意な収縮期雑音を有した3症に対しては3名とも適切に所見を記載できた。

考察

我々1年目初期研修医は、多肢選択問題である医師国家試験の影響で、リストされた疾患または症状から正解を選ぶことができても、異常所見を有するかどうかが未知である患者から異常所見を検出する診察能力に関してはまったく自信がない。今回の実習では、上級研修医が自分の経験をふまえて、ある所見からどのように考察していくかという問題形式で行ったことは、我々に極めて有用であった。

『イチロー』による聴診実習は、相手が器械だという安心感、静かな環境で納得いくまで心音・心雑音を聴取でき、特に上級研修医による指導後では自己学習には有効であった。一方、『イチロー』による学習効果の限界を示唆する意見もあった。『イチロー』の各疾患の異常所見は、学習しやすい典型的なパターンにプログラム化されており、指導にあたった上級研修医からも、所見が幾分誇張されているという意見が出た。従って、反復学習により『イチロー』の異常心音を完全に習得しても、実際の患者における多様な所見の検出に応用できるとは限らないと思われる。

実習後1か月以内に指導医が行ったテストでは、ほとんどの研修医は所見を順序立てて記載できず、特に実習を行った大動脈弁閉鎖不全症の拡張期雑音をも聴取困難であった。この理由として、患者を相手にする緊張感、時間的制約、聴診しづらい体格・呼吸音などの聴診阻害因子と、1回の実習だけでは我々研修医が診察の順序を習慣化できていないこと等が考えられた。

以上より、『イチロー』を用いた研修は、正常所見及び典型的な心雑音・心音の自己学習に有用であるが、実際の患者から正確な所見を検出するためには、それに加えてベッドサイド研修にて自分が得た所見について指導医と積極的にディスカッションを行う姿勢が不可欠であると考える。

謝辞

今回の実習期間中、快く心臓病患者シミュレータ『イチロー』を貸与していただいた京都科学に深く感謝いたします。

文献

1) 高階經和:新しい心臓病患者シミュレータ“Ichiro”とその診断手技向上における教育効果。 医学教育 1998, 29:227-231

2) 濱口杉大:循環器疾患における順序立てた身体所見の取り方の重要性。  JIM 19977:1056-58

医学教育 1998, 29:411-414

 

表説明

表1;1年目初期研修医の目標設定

表2;アンケート結果

 

こまつひろゆき、いがかんじ、いしまるひろやす

632-8552 天理市三島町200 

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循環器疾患の診断は約8割の症例において詳細な病歴聴取と正確な身体診察により可能であるといわれる(4)

  1. 高階經和:新しい心臓病患者シミュレータ「イチロー」で学ぶベッドサイド診察法 臨床心臓病学教育研究会総合誌・夏季大学特集号:1998、7-20

身体診察にて異常所見を検出することは、初期研修における基本的臨床能力の一つとして重要であるが、卒前実習の不足により医師免許取得直後の我々研修医は、その自信がない。また、